写真家・笠井爾示が思春期にあたる10歳から18歳までを過ごしたシュトゥットガルト(ドイツ南⻄部の国際都市)を、新型コロナウイルス感染症が世界を覆い尽くす前(2019年7月29日から8月9日までの12日間)に家族と訪れた際に、母・久子を撮影した135枚の写真。
以下、推薦文(敬称略・五十音順)
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写真をみているうちに、キズナという言葉がうかんだ。
それはいわゆる世間で言われているキズナとはまったく違う純粋で崇髙なキズナだ。
母と息子。
写された人と写した人という関係をつき抜けて、人間の尊厳へ向けたプロセスが美しくも儚い生命体として写真の中に現われている。
久子さん、爾示くん、スバラしい作品をありがとう!
石内 都(写真家)
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美しいな、
ただ、ただ、
美しいな……と、想う写真ばかりです。
河瀨直美(映画監督)
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この写真は、間違いなく笠井爾示の最高傑作になるだろう!
笠井久子さんは、自分の身体を光影の中に放ち影なき心の光を放つ。
解き放たれた身体。それは人間の魂の理想の姿だ。久子さんの身体は神のものだ。
私達は神の似姿であるのだから、神のものであり、久子さんの形を示している。
何という奇跡なのだろうか。笠井爾示に嫉妬する。
その久子さんの発光する、精神、魂、身体の三位一体を、写してしまえたなんて笠井爾示は何と幸運な写真家なのだろう。
髙橋恭司(写真家)
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写真家は、撮る人であると同時に、撮らされる人でもある。
笠井爾示さんの新しい写真集を見て、これほど品を失わず、硬質なまなざしを保ったまま、撮る/撮らされる関係性を実現する人がいるのかと、深いため息が出た。
そして思い出の地で、母・久子さんとの共犯関係へと至る、私が知り得ない時間の途方もなさを想った。
写真は人生のすべてを撮ることはできなくても、こんなふうに人生のすべてを感じさせてしまうことがある。
そんなことを考えながら洗濯物をしまってリビングに戻ると、幼い娘がめずらしく真剣になにかを読んでいる。
おもしろいの。うん。はあちゃん、これすき。
背中越しにのぞくと、淡黄色のページをちいさな指がそっと撫でている。
そこには久子さんがいて、私たちはしばらくうっとりとその姿を眺めていた。
竹内万里子(写真批評家)
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文章を読む前に、ゆっくりとページをめくりながら写真集の中身を見た。
私はめくるたびに、その写真に驚かされ、魅了され、感動した。
久子さんは、なんて強い女性なのだと。
時々、あまりにも弱々しく薄れていく彼女の様子から、次のページでは彼女が死んでいるのではないかと恐れながらめくってみると、彼女の前向きな笑顔と、彼女の活き続ける意志に驚かされた。
この写真集を通して築かれている母と息子の信頼関係はとても印象的なものだ。
母の身体の解放感、そして「親失格」という言葉の切なさ。
母の健康状態を知らなかったという息子の告白の悲痛。
そして、コンパクトにして繊細なブックデザインはパーフェクトで、リズムの良いレイアウトに適切な重さと柔軟性を持ち合わせた紙の選び、そこにラッパスイセンへの美しいヒントにもなる黄色は暖かいトーンを付け加えている。
この写真集は久子さんの身体と同じく、本人が言うように「尊いし、愛すべき存在」なのだ。
チアゴ・ノゲイラ(モレイラ・サレス・インスティチュート コンテンポラリーフォトグラフィー部門 主任学芸員)
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すべての関係が唯一無二のもので、
決して止まることのない時間の流れの中で、
二人の人間が交差し、放ちあった感情の形を、
実に素晴らしく写真というメディアで再現しているのではないかと感じた。
古屋誠一(写真家)
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母と息子、それぞれの記憶がシュトゥットガルトでさりげなく交差して、写真という名のもう一つの記憶が生まれた。
笠井さん、母と写真は永遠の恋人。
森山大道(写真家)
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個人的にはそれほど興味がないタイプの写真だが、笠井爾示の写真は並はずれたものだと言わざるを得ない。
非常な感受性を持って被写体にアプローチし、痛みと喜びの両方を示しながら被写体の事情を巧みに映し出している。
彼の写真に関しては、他の写真家、とりわけ石内都さんからの影響は無視できないが、彼の作品を本というフォーマットに置き換える試みとして、この写真集はとても素晴らしい。
判型は個人的な内容にフィットし、収納されている函も素晴らしいのだが、全体のブックデザイン、特に写真集の中身に引かれたイエローが微妙かつ一貫して、ストーリーが進むにつれてホワイトへと変わっていく色の使い方が何よりも素晴らしい。
ブラボー!
ラモン・レベルテ(Editorial RM ディレクター)
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笠井爾⽰(かさい・ちかし)
1970年⽣まれ、写真家。1996年初個展「Tokyo Dance」(タカ・イシイギャラリー)を開催。翌年、同名の初作品集『Tokyo Dance』(新潮社/1997)を出版。以降エディトリアル、CD ジャケットやグラビア写真集を⼿がけ、⾃⾝の作品集を多数出版。主な作品集に『Danse Double』(フォトプラネット/1997)、『波珠』(⻘幻舎/2001)、『KARTE』(Noyuk/2010)、『東京の恋⼈』(⽞光社/2017)、『となりの川上さん』(⽞光社/2017)、『七菜乃と湖』(リブロアルテ/2019)、『トーキョーダイアリー』(⽞光社/2019)、『BUTTER』(⽞光社/2019)、『⽺⽔にみる光』(リブロアルテ/2020)がある。