深瀬昌久の作家としての集大成と位置付けられる「私景」シリーズ。本書は、展示の形式で二度にわたり発表されたそのプリント群をもとに構成された内容。
1990年に開催された写真展「私景ー旅の便り」には、前年のヨーロッパやインドの旅で撮影された写真に、深瀬自身の身体の一部が写り込む。片手でカメラを握り自分向きにシャッターを切った写真は、撮影者としての深瀬自身をも対象化し、 「それは手や足だったり顔だったり街のスケッチだったりするが、すべてうつされた物事は自分自身の反映といえる」(「口絵ノート『私景 ー旅の便り』)ことから「私景」と名づけられた。
1992年に開催された「私景 ’92」に含まれる作品群では、銀塩プリントが水彩絵具で着彩されている。写真館を営む一家に生まれた深瀬の写真師としての視座が生かされるとともに、写真の枠組みを逸脱するような激しい筆致が見受けられる。見る主体と見られる客体との関係、シュルレアリスムへの関心など、深瀬が生涯にわたり追求した視座を併せもち展開した「私景」。
「私景 ’92」の発表を最後に作家活動が途絶えることになった深瀬の、まさに最終地点と言える一冊。